【修繕報告】本物の技術を持つ教職員が起こした奇跡。元福本渡船・向島桟橋の救出劇

福本渡船の航路廃止の原因となっていた、激しく老朽化した向島側の桟橋。 私たち尾道海技学院が取得後、直ちに着手した調査と修繕は、一時は「沈没」と「死」を覚悟するほどの過酷な現場となりました。教科書を教えるだけではない、現場を知り尽くした「本物の技術者」としての誇りをかけた教職員の活動記録です。

1. 80年の歳月がもたらした「極限の老朽化」

2025年5月26日、取得後直ちに浸水調査を開始。そこで目にしたのは、想像を絶する光景でした。 80年以上、海上という悪環境に耐えてきた桟橋の内部は、無数の修繕跡で埋め尽くされ、腐食した箇所の鉄板の厚みはもはや1mm以下。底部の海洋生物とサビが固着することで、かろうじて形状を保っているだけの「砂上の楼閣」のような状態でした。

2. 生死を分けた、暗闇の中の決死圏

調査中に事態は急変します。底面に1cm程度の漏水箇所を発見し、一般的な応急修理である「木栓」を打ち込もうとしたものの、叩けば叩くほど周囲の鉄板がボロボロと崩落。

拳が通る大きさにまで拡大した破孔(はこう)からは、移動式排水ポンプ3台の能力を上回る海水が流れ込み、職員3名と関係者1名を残し、調査員等は退避、通報の準備を始めるという、危機的状況まで追い込まれました。

閉鎖空間の中、脱出口は人一人がやっと通れるマンホールが唯一の道。浸水した水位は瞬く間に40cmに達し、狭い空間で四つん這いになり破孔を必死に押さえる私たちの鼻先まで、水面は迫っていました。

「ここで手を離せば、桟橋は沈む」

水の摩擦が鳴らす独特の低音に恐怖を感じながらも、職員たちは手探りで破孔を押さえ続けました。次の修理ができる可能性に繋ぐため、あえて素手で破孔の数、サイズ、形状を一つひとつ手探りで確認。最後は、先人が残したわずかな資材をかき集めて奇跡的に浸水コントロールに成功。まさに「現場力」「チームワーク」が命運を分けた瞬間でした。

3. 「本物の技術」を教える尾道海技学院として

この状況を受け、一般的な事業者では請負不能との判断が下されました。しかし、私たち尾道海技学院は諦めませんでした。

「教科書を教えるだけの教師ではなく、現場を制する技術者であれ」

この信念のもと、職員自らが修繕計画を立案。あの暗闇の中で指先が覚えた破孔の記憶を頼りに、修理フローを策定。通常教務をこなしながら、校内の設備を駆使して溶接・溶断加工を行い、独自の修理部材を製作。これまでに工務で培ったチームワークの全てを注ぎ込みました。まさに職員たちの知識、技術、そして工務で培ったチームワークが試された時間でした。

4. 卒業生との共闘。そして未来へ

2025年5月30日、この難局に駆けつけてくれたのは、日本海洋技術専門学校の卒業生である現役ダイバーでした。

教員と教え子が、一人のプロフェッショナル同士として現場で肩を並べる。 ダイバー、監視船、施工、加工、連絡――。各々が完璧な役割分担をこなし、最大13cmまで広がっていた破孔を完全に封鎖。ダイバーの経験に裏打ちされた知見に基づき、底部鉄板の状況を見極めながら部材を設置。

その後、2025年7月30日からの浮力確保のための現場発泡ウレタン充填施工を経て、ついに桟橋は命を吹き返しました。
今回の成功は、福本渡船様、関係企業様、そして近隣住民の皆様のご厚意とご協力があったからこそです。心より感謝申し上げます。

尾道海技学院の教職員が一人ひとり自己研鑽を積み続け、私たちはこれからも、現場で通用する「本物」を育て、海を守り続けます。

今後の「富浜桟橋」について

今後は桟橋設備を整え、尾道水道の観光振興に寄与される事業者様向けの「係留桟橋」として公開する予定です。

かつて地域の足を支えた歴史ある桟橋を、再び尾道の活性化に貢献できる拠点へと生まれ変わらせる――。私たちはその実現に向け、一歩ずつ確実に取り組んでまいります。


最後に卒業生の皆さんへ

今回、卒業生の力が大きな支えとなりました。私たちは、卒業してからもこうして現場で共に汗を流せる関係を誇りに思います。

しばらく連絡が途絶えている皆さんも、ぜひ一度母校を覗きに来てください。
尾道海技学院は、講師が喋るだけのただの教室ではなく今も変わらず「本物の技術」がぶつかり合う熱い現場であり続けています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です